人生だいたい大丈夫
熊坂義人ブログ
成功とか失敗とか。
つまり、成功も失敗も、
そのジャッジメントは
自分でするしかないのだから、
他人に預けたりしないで、
それで、更には「今」というポイントから
過去というものを全てひっくり返して
真新しく塗りかえればいいのだ。

なるほど、過去も、「今」という時に創るのだ。

もともと意味なんかありゃしない。

わかるかなぁ。
ライブの日々。
10月は、演奏活動があまりなく、暇だったというワケじゃあないんだけども、
もう目一杯考えたもんで、考えた上に実践したりして、
それで生活や、時間や、ものの見え方や、僕にまつわる全てのことが、
根本からマルマル様変わりしたもんですが、いよいよ解った。

演奏!

するぞ!

創る、創る、創る!



ありがとう。

大切な感動をくれた今を生きている人たちと、
僕に生き様を遺してくれた人たち。

実験だよ、人生は!
まっぴらごめんこうのすけ。
レンアイなんてまっぴらごめんだ
と、一度は思ったのだが、よくよく恋愛について
考えてみたら違うようだ。
僕の人生、恋愛なんていくらでもしたい。
じゃあ、何がマッピラゴメンだったのか。

恋をして恋愛が始まったら、
男は、いや、男性性というのは、
意味もなく一歩前を歩きたいものなのだ。
いつだって相手に背中を向けたい。
それでいて必ず後ろを意識していて、
途中で待っていたりもしながらも、
結局は、暖かい「おかえりなさい」を期待している。

この無償の「おかえりなさい」さえあれば、
全ての失敗も成功も報われる。

けれども、この「おかえりなさい」に確約はない。
その確約が欲しくてどうしようもなくなると、
キチンと前を歩けない。
キチンと歩けないくらいならまだしも、
男性性が萎えて、逆に「おかえりなさい」なんて。
そうすると、問題は複雑になってくる。
男性が女性性でもって女性を追いかけたり、
女性が男性性でもって奪ったあげくに所有してみたり、
男性が所有される快感を覚えてしまったり、
女性が全てを飲み込む勢いの焼け付くような感情を露にしてみたり、
それでもって男性が怯えて萎縮してみたり、囚われてみたり。

つまりは、僕が
「まっぴらごめんこうのすけ、おいとまさせて頂きます。」
と言いたいのは、僕自身の問題であって端的に言うならば

「ピーピー騒ぐな、俺の女性性。
 おかえりなさい、なんて無くてもいいだろう。
 どうせ孤独だ。」

突っぱねる気概で、前を歩けないような恋愛なら
自分がくすむだけだから、やめちまえ、って話だった。
夜の透明
満月。
それが真白い。



親友の子どもが産まれた。

いのちのリズム。


つまりそういうコトだ。


ああ、ちくしょう。
ベースが弾きたい。


おめでとう!
富士山
空がたかい。
川の向こうに富士山。


歴史は永遠と言って良い。
数限りない無名な人間。

健気だなあ。

ここからはじめなきゃ、音楽なんかやってられない。

よし!

男は、背中。だ。


ん、とんぼ。