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人生だいたい大丈夫
熊坂義人ブログ
雨。

降っても、春ね。

2曲目
「とんちんかってん」

かかかか。
反射で繋がる。
要するに、相互作用なワケだわ。
無限っつーなら、どちらも能動的でなければな。

リアクションは、限定的に。
枠の中にハマっちまうってもんだ。

よ〜い。
アクション!!!

ドカ〜ン。

春!!!!
それで、
安定を超えた安定を目指したいんだな。
僕は。

超安定。

完成することがない。
一見すると、不安定。

うっしし!
あっという間に。
惰性が生まれる瞬間の話。

構築して安定したい、という欲求と、
破壊して新しく作りたい、という欲求とが、
いつでも人間の中にはあるものだと信じている。
それは、同じだけの力で引っ張りあっているものだと。

現象の面だけを単純にみると、
いわば安定志向的願望の選ぶ道が安全で危険が少ないように見える。
それで、このご時世、そんな人が多いんだと思うのだけれど、
安定させる方向に心が動いてしまえば、出来る限り当たり障りのない道へと
あたかも自動的に流れてしまうというのは、これはまあ当然なことだ。
何も仕事のことばかり言っているのではなくて、
人との関係においても、まったくその通りで、長い時間行動を共にしていると、
どこかしらでなにかしらが安定してくる。
これはアイツがやってくれる、ここまでなら許す、ああ言えばこう言われるから言わない、
これはわたしの譲歩、そこまでなら許される、言っても判らないやつは相手にしない。
そんな雰囲気が会話のそこかしこに現れる。
こじんまりと安定させたいがゆえの波風たたない関係。
過去がどうだったか、そんなことに捕らわれて関係してしまう、
というのが惰性の始まりかもしれない。それはあっという間に。
別にあえて不安定であれなどといっているのではないが、
惰性的な雰囲気の中で何事もなく生きながらえていると、
今度はそれによって退屈な自分を発見する。
刺激的な浮気がしたいとか思ってみたりする。
あるいは時間に追われてはいるにもかかわらず、なにか虚しい日常。
自分不在感。
そんな時、惰性的関係に甘んじるというのは、極言すれば、
ここにいるのは自分でなくても良い、
と、宣言しているようなものなのではないかしら。
どれも本当の今の自分であるはずなのに。

惰性的関係の中では、今の自分が活き活き出来ない、と思う。
そんな中では、猛烈に恋しいと慕いあうなんてのもありえない、と思う。
あの手この手を考える隙間がどんどん減っていくからだろう。
やっぱり自分で考えて現実に落とす、それが人間を活き活きさせるんではないか。

関係にしろ、仕事にしろ、社会にしろ、とにかく何にせよ、
完成してしまったら安定の極地だが、それは収束して閉塞する。

惰性的な雰囲気、僕はいよいよ嫌だなぁ。


ゲーム
ロールプレイングゲームとかってのは、
生活に全体性を失ってしまった現代人の欲求なのかもしれない。

それがテレビの中にだけ反映されるんじゃあ、虚しいはずだよ。
そりゃ、クリアしたくないわな。クリアしたら世界が終わるんだもんな。

エンドロールが終わった後の、妙に空々しい夕暮れを、よく覚えている。

だからといって、他と通信できて永久的にバーチャルが成長しつづけて、
そこに住むことが出来るなんて言われても、そんなことしたら、
こっちが永久に死んじゃう。

ああ、おぞましや。

やっぱ、ゲームはアナログだよ。
人と対面。

がおおおお〜。
あ〜、ゲームしたい。

だれか、やらない?